堂々と

最近なにもしてなくても汗でシャツが張り付きます。
受け持ち話数の状況も低空飛行を続けており、このペースでいくと盆も青梅街道をひた走りそうです。
作画さんの生活ペースにあわせる都合上、夜遅くまで稼働する事が多いので必然的に日中が眠たくなります。前職でも休憩中に机に突っ伏して睡眠を取ることがありました。しかし、この業界で時間の使い方が曖昧なので、皆かなり思い切って睡眠を取ります。机に突っ伏して寝る者はまだかわいい。椅子を並べて寝る者、床で寝る者、突っ伏せず椅子に座ったまま首を直角にして寝る強者(背後からでは寝ている様に見えない)などバリエーションは豊かです。
でも普段は怒ってばかり居る人、電波を受信しているタイプの人なども、寝ているのを見ると優しい気持ちになれます。
彼も人なり、我も人なり。
寝ているときは皆かわいいものです。

文句ある?

ダビング

ダビングとは絵にあわせて効果音(SE)を入れる事にほかならない。
ダビングと聞くとぱっと思いつくのは複製という行為に他ならないのですが、なぜかダビングと呼ばれています。
それはさておき、効果音って凄い。ありとなしでは雲泥の差。
試しにTVを無音にしてアクション映画を見てみると、その威力がよくわかります。
スタジオ内にはやたらとスイッチがついた機器がならび、俺は安くないぜ!と主張する巨大スピーカーから流れる音声に体を震わせながら気持ちよく惰眠をむさぼると、あっという間にダビングは終わりました。
朝10時から、昼食を挟んで(出前)14時までの4時間は至福のひとときです。

日本橋浜町

アフレコ

トンネルのむこうは、不思議の町でした。
千と千尋の神隠しのコピーですが、今回で2回目になるアフレコ現場もそれに等しい空間でした。
地下鉄で浜町まで向かい、人通りの少ない運河沿いにそびえるスタジオへ急ぐと、そこは骨まで焼尽されそうな、静かな熱気がありました。役者がキャラクターに命を吹き込み、実在しないキャラクターたちに血が通う、本当にあっという間の3時間。
この仕事は辛くてやりきれないが99%以上を占めますが、たまに心が震える瞬間に出会う事ができます、これがなければ全く続くはずがありません。
好きだけで飛び込むにはちと荷が重いですが、人生を踏み外しただけの、なんとも言えない満足がそこにありました。

踏み外す勇気

はばたき

会社の駐車場にツバメが巣を作りました。
巣自体はずいぶん前からあるそうです。
私が4ヶ月前に会社へ来たときは巣に鳥はおらず空家状態でした。
彼らの姿を見るようになったのはここ2週間ほど前の事です。
朝方家路につく頃、ツバメの姿が何とも言えない癒しになります。
ただ駐車場という場所柄、車に落とし物が目立つのはたまに傷です。
彼らの巣を取り払うのは簡単ですが、彼らをこの場に誘い出すのは至難の業です。
これも何かの縁と考え、スタジオは彼らを見守る事になりました。

巣帰り

CT(カッティング)

最近一日に二回朝が訪れます。
出勤が昼、退勤が朝の毎日。
ここ2日ほどはカッティング(以下CT)合わせのために特に忙しい状況です。
カッティングに興味のある方は以下のリンクを参照ください。
http://www.style.fm/as/05_column/itagaki139.shtml
カッティングまでくると終盤に入ったな…と思います。
最初のカットが動画になったとき、不覚にもこみ上げるものがありました。
これまで静止画だったものが動画となった瞬間
「ああ、やっぱりアニメっていいな」
と思いました。自分でも不思議です。それまでのネガティブな感情がきれいになくなりました。
唇を噛み締めた数だけの喜びがそこにあったのです。
この気持ちを忘れずに、つぎはもっとみんながハッピーになれる様に頭を使いたい。
そう思いました。

お風呂の話

ほとんど毎日お風呂に入っています。
一見あたりまえの様ですが、これを続けるのは結構大変です。
まず第一に私の借家に風呂・シャワーの類いはありません。歩いて15分くらいのところに300円/10分のコインシャワーがあります。次に、帰宅が早朝になるため、浴場もしまっています。
そこで、解決策として駅前のスポーツセンターと契約しました。
ヤング(30歳未満👈若くはない…)は通常よりだいぶ割安で利用できます。
平日の日中に利用する事が多いため、パンチの効いた利用客に出会う事もしばしばあります。中でも、延々と独り言を繰り返すおじさんに相づちをうちながら入るサウナは哀愁漂います。
日中はヤングにとって、魔の時間なのかもしれません。

近隣の銭湯1

旅立ち

一緒に暮らしていた祖母が旅立ちました。
晩年は認知症に悩まされ、我慢のふたが外れる事もありましたが、やさしく穏やかな人でした。
私は祖母に一度も叱られた記憶がありません。今振り返ると、叱られるような事を祖母の前でしなかったからではなく、一定の距離のような何かがあったのだと思います。
最後までその距離は縮まることはなく、この日を迎えてしまいました。
それはとても悲しいはずなのに、ありえないほどに実感がありません。
なぜかはわからず、ただ途方に暮れています。

ashes